Rug
Bibliographic Details
- Title
- Rug(Book Para-Site 19)
- Artist
- Yasutomo Ota / 太田泰友
- Year
- 2020
- Size
- h600 × w400 × d50 mm
- Weight
- 1800g
- Materials
- ラグ、紙、ボール紙、アクリル絵具、箔押し
- Edition
- unique
- Condition
- new
本に擬態するラグ。
«Rug»
2020
頬ずりしたくなるほどやわらかいラグ、その中に大切そうに包まれた中身は、本なのか。
細部へのこだわりに妥協を許さない作者が、意外にもお気に入りだという«Rug»。積み重なる紙の層も、繊細な糸綴じもないこのふんわりした本に、どんな魅力があるのだろう。
大切そうに包まれているのは、大雑把に言えば紙製の平板。そこに、シャギーが長めのラグがふわりと覆いかぶさることで、上装本の肝とも言える見事な「チリ」が出現するのです。この「チリ」によって、ラグは手触りのよく装幀された本表紙に、平板は本へと姿を変えます。小口には、黒色で刻印された"the state of being physically relaxed and free from pain.(身体がリラックスして、痛みのない状態)"の一節。まるで背表紙に刻印されたタイトルのように見えます。マットな金色地に黒の刻印、そして余裕のあるチリ、それぞれが程よい重厚感を演出しています。
小口側に少し巻き込むように見えているチリは、この«Rug»ならではの味わい。「チリ」(漢字で「散り」と書きます)とは、製本で本を包んで仕上げるときに、天、地、小口からそれぞれひとまわり大きくはみ出させた表紙の内側の部分のことを言います。また、製本用語以外に、建築用語として古くから存在しており、この二つは現象としてはほぼ同じ内容を指しています。建築用語の「散り」は、部材などの取合いにできる小さな段差、二つの材面がわずかにずれた部分わずかにずれた部分のこと。このズレ(散り)を浅くしたり深くしたりすることで、空間的な重厚さや軽快さを表現するのだとか。このことからも、建築と本を比較研究し続けている作者ならではの表現手法だということがおわかりいただけると思います。本は細部に宿るのです。
«Rug»の面白さを一言で表すならば、その最たる特徴は、最小限の工程で本をつくり出すことに成功している、という点に尽きます。既成品のラグは二つ折りに包んだのみ、本体も紙の層は使わずにボール紙で成形しており、筋押しも、糸綴じも、していません。素材をそのまま活かして、素材同士が互いに本らしさを引き出す状況を作り出したのです。偶然の大発見とも言えるこの«Rug»は、Book Para-Siteシリーズの中でも異色の作品と言えます。
Book Para-Siteシリーズの誕生は、作者が大学時代に最も影響を受けたウィリアム・モリスの書き記した一節に由来しています。「〈芸術〉の最も重要な産物でありかつ最も望まれるべきものは何かと問われたならば、私は〈美しい家〉と答えよう。さらに、その次に重要な産物、その次に望まれるべきものは何かと問われたならば、〈美しい書物〉と答えよう。」(『理想の書物』ちくま学芸文庫より)
Book Para-Siteシリーズのコンセプトについて、作者のメッセージ:
本と建築は似ている。本にも「扉」や「柱」と呼ばれるものがあるし、動線を考えながらレイアウトを作り込んでいく点もよく似ている。人間よりも小さく、手で持つことができるのが本で、人間よりも大きく、身体として入ることができるのが建築だ。大きさは異なるが、共に宇宙だ。
「最も重要な『芸術』を問われたなら『美しい家』と答えよう、その次に重要なのは『美しい書物』と答えよう――。」私がブックアートの制作を始めた当時、大きな影響を受けたウィリアム・モリスの言葉にも、本と建築の関係性を読み取れる。建物の形に合わせて寄生するように存在する「本」が、新たな「本と建築の関係」を生み出す。
2019年以降、私が制作するブックアートに、手に収まらないものが出てきている。
2019年11月から、Brillia ART AWARD 2019 の入選作品として、東京・八重洲の東京建物八重洲ビルで展示をした作品「Book Para-Site」は、先のモリスの言葉をずっと意識してきた僕が、初めて〈本〉と〈建築〉の境界をスケール感で見つめてみたものだ。
続く 2020年1月に開催された、上野の森美術館ギャラリーでの展覧会「Brillia Culture Spice」では、八重洲での「Book Para-Site」を経ての作品として、「Book Para-Site 2―betwixt boards」を展示した。このサイズの作品を制作する過程で、想像していなかった新しい発見があった。
人間よりも明らかに大きな「Book Para-Site」を制作するときの気持ちは、多くの人が想像するであろう、そして僕も想像していた〈建てる〉感覚だ。(※ 感覚は想像通りでも、大変さは想像以上だった)
それが、「Book Para-Site 2―betwixt boards」を制作する中の、表紙の革を貼り込んでいく作業で、人に上着を着せる感覚を覚えたのだ。両手を目一杯広げて、右手と左手にそれぞれ革を掴み、本の周りに腕をまわすようにした動きが、まさにそれだった。
その感覚が僕には新鮮で、スケール感を変えていった時の境界を追究していた〈本〉と〈建築〉という分け方は、もう少し細かく分けていくと、間に〈人間〉が入るように感じられた。これが「ポーラ ミュージアム アネックス展 2020」で発表した新作の Book Para-Site シリーズにつながっていった。
そして、このような機会なので付け加えると、僕のスケッチブックには、家具に本が寄生した「ブック・パラサイト」という作品の構想が、2016年に描かれている。家具のスケール感から始まった「ブック・パラサイト」が、3年後に建築、4年後に展示台と経て、今回の展覧会でまた家具へと実現されていったことを、自分のことでありながら興味深く思う。
出典:2020年03月12日 「ポーラ ミュージアム アネックス展 2020」に寄せて—— 太田泰友の Book Arts Journey(2)【OTABOOKARTS BLOG】より
Text by 乙部恵磨