Chair

Bibliographic Details

Title
Chair 1(Book Para-Site 4)
Artist
Yasutomo Ota / 太田泰友
Year
2020
Size
h900 × w410 × d470mm
Materials
木、紙、麻糸
Edition
unique
Condition
new

寄りかかれる本。
«Chair»
2020

もしもこの椅子に腰かけたら、丸みを帯びたこの紙の層が、背中をやさしく包み込んでくれるだろう。その姿はまるで、本が本であることを忘れ、椅子の一部として存在するこを自ら選び取った、という意思のようなものさえ感じます。

その重力ゆえに生まれた極めて美しい曲線を描く姿は、何の変哲もない椅子に豊かな表情を与えています。本来座る人の快適さを追求して計算された椅子の背の角度が、どうやら本の背にとっても、ちょうどよい角度のようです。角度がついていたからこそ、このように美しく見開かれた状態を自ら維持できるのですから。

本紙には、絵も字も印刷されておらず、127帖、2023ページにもおよぶ本紙が、まっ白な紙をそのまま綴じ込んでおり、落ち着いた濃紺色の表紙には、「to rest your weight onyour bottom with your back wertical」という一節が三行に渡り金箔で刻印されています。本のタイトルが入るべき位置に、タイトルではなく詩的な言葉を配置するというのは、本の最も重要で不可欠とも言えるタイトルを付与しない、という選択はブックアートを追求する者の果敢な態度とも取れるのかも知れません。作品に刻印されるテキストは、常に、定義を示す辞書のような文章ではなく、鑑賞する人それぞれに異なる連想を呼び起こすような、含みを持たせた詩的な表現となっています。

構造上も理念上も「背」の存在が本作の芯を貫いていることは明白です。構造面では、既成の木製ダイニングチェアの背を、そのまま本の背として成立させており、綴じ糸で紡がれた繊細で緻密な背の景色は圧巻。フレンチリンクをベースに編み出したオリジナルの手法で入念に綴じられています。フレンチリンクは丸紐ではなく、平紐のような紐扁平状のものを支持体として、その上を通る綴じ糸を絡めながら、折り丁をかがり綴じる製本方法。« Chair 1 »では椅子の背を横に走る笠木や背貫が扁平状で安定性もあったことから、フレンチリンクの手法が生かされています。通常の本であれば、背は表装で隠れてしまい構造をうかがい知ることは出来ませんが、こうして芯材を突き出すかたちで綴じられた姿は、美しいものです。

「Book Para-Site」シリーズの誕生は、作者が大学時代に最も影響を受けたウィリアム・モリスの書き記した一節に由来しています。「〈芸術〉の最も重要な産物でありかつ最も望まれるべきものは何かと問われたならば、私は〈美しい家〉と答えよう。さらに、その次に重要な産物、その次に望まれるべきものは何かと問われたならば、〈美しい書物〉と答えよう。」(『理想の書物』ちくま学芸文庫より)

Book Para-Siteシリーズのコンセプトについて、作者のメッセージ:

本と建築は似ている。本にも「扉」や「柱」と呼ばれるものがあるし、動線を考えながらレイアウトを作り込んでいく点もよく似ている。人間よりも小さく、手で持つことができるのが本で、人間よりも大きく、身体として入ることができるのが建築だ。大きさは異なるが、共に宇宙だ。

「最も重要な『芸術』を問われたなら『美しい家』と答えよう、その次に重要なのは『美しい書物』と答えよう――。」私がブックアートの制作を始めた当時、大きな影響を受けたウィリアム・モリスの言葉にも、本と建築の関係性を読み取れる。建物の形に合わせて寄生するように存在する「本」が、新たな「本と建築の関係」を生み出す。
2019年以降、私が制作するブックアートに、手に収まらないものが出てきている。

2019年11月から、Brillia ART AWARD 2019 の入選作品として、東京・八重洲の東京建物八重洲ビルで展示をした作品「Book Para-Site」は、先のモリスの言葉をずっと意識してきた僕が、初めて〈本〉と〈建築〉の境界をスケール感で見つめてみたものだ。

続く 2020年1月に開催された、上野の森美術館ギャラリーでの展覧会「Brillia Culture Spice」では、八重洲での「Book Para-Site」を経ての作品として、「Book Para-Site 2―betwixt boards」を展示した。このサイズの作品を制作する過程で、想像していなかった新しい発見があった。

人間よりも明らかに大きな「Book Para-Site」を制作するときの気持ちは、多くの人が想像するであろう、そして僕も想像していた〈建てる〉感覚だ。(※ 感覚は想像通りでも、大変さは想像以上だった)
それが、「Book Para-Site 2―betwixt boards」を制作する中の、表紙の革を貼り込んでいく作業で、人に上着を着せる感覚を覚えたのだ。両手を目一杯広げて、右手と左手にそれぞれ革を掴み、本の周りに腕をまわすようにした動きが、まさにそれだった。

その感覚が僕には新鮮で、スケール感を変えていった時の境界を追究していた〈本〉と〈建築〉という分け方は、もう少し細かく分けていくと、間に〈人間〉が入るように感じられた。これが「ポーラ ミュージアム アネックス展 2020」で発表した新作の Book Para-Site シリーズにつながっていった。

そして、このような機会なので付け加えると、僕のスケッチブックには、家具に本が寄生した「ブック・パラサイト」という作品の構想が、2016年に描かれている。家具のスケール感から始まった「ブック・パラサイト」が、3年後に建築、4年後に展示台と経て、今回の展覧会でまた家具へと実現されていったことを、自分のことでありながら興味深く思う。

出典:2020年03月12日 「ポーラ ミュージアム アネックス展 2020」に寄せて—— 太田泰友の Book Arts Journey(2)【OTABOOKARTS BLOG】より



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