GOTHIC ARCHITECTURE
Bibliographic Details
- Title
- GOTHIC ARCHITECTURE(ゴシック建築)
- Author
- William Morris / ウィリアム・モリス
- Publisher
- Kelmscott Press / ケルムスコット・プレス
- Year
- 1893
- Size
- w110 × h147 × d10
- Weight
- 110 g
- Pages
- 68 pages
- Language
- 英語 / English
- Binding
- 背麻布 青厚表紙装
- Printing
- Letterpress printing
- Materials
- Handmade paper
- Condition
- Good
GOTHIC ARCHITECTURE : A LECTURE FOR THE ARTS AND CRAFTS EXHIBITION SOCIETY BY WILLIAM MORRIS (ゴシック建築-美術工芸展協会の講演)
ウィリアム・モリスの
ケルムスコット・プレスが贈る
素朴な書物の最終形態。
黒いインクの色の深さ。
骨格のしっかりとした書体。
紙の手触りと本としての軽さ。
その全てが完璧であるかに思えました。
この本は、美しい本の代名詞と称されてきたケルムスコット・プレス刊本のなかで、もっともシンプルで、もっとも最小の要素で構成されている書物です。なにより、53タイトル・66冊を数えるケルムスコット・プレス刊本のなかで、もっとも安く買える1冊です。
『GOTHIC ARCHITECTURE : A LECTURE FOR THE ARTS AND CRAFTS EXHIBITION SOCIETY BY WILLIAM MORRIS(ゴシック建築-美術工芸展協会の講演)』と題されたこの本は、ウィリアム・モリス自身の講演録を書物に起こしたもので、1893年に刊行されました。福岡大学のサイトによれば発売当時の価格は2シリング6ペンス(現在の3,000円相当)。ケルムスコット・プレスの中でも最高峰に位置付けられる1896年の『チョーサー作品集』の価格が120ギニー(同3,000,000円相当)だったというのですから、この本が同プレスの刊行書にあって発行当時からいかに買いやすいものだったか分かります。現在の相場で50万超え・100万超えはザラ、その工芸的価値・歴史的意味とも相まって、美術館や博物館、学術機関収蔵級と思われがちなケルムスコット・プレスの本ですが、こういう本まで用意してくれていたおかげで、個人でもそれほど無理せず入手の叶う本が残されました。
市場で初めてケルムスコット・プレス刊本を手にとった時のことです。この時手にしたのは1898年刊行の『ケルムスコット・プレス設立趣意書』。エドワード・バーン=ジョーンズの木版画が扉を飾っていました。ウィリアム・モリスによるケルムスコット・プレス刊本は、いうまでもなく、古書界・愛書家界隈では知らない人の居ない威風堂々たる王道アイテムです。古書業界的にいえば洋書専門店や英米文学専門店が扱う筋の商品です。専門でもなく後発で顧客もいない小店では当然格不足というもので、手を出すことはないだろうと思っていました。それがしかし、実際に手に取りページを開いた途端、扱ってみたいと欲が出ました。長く名が残るもの、支持され続けるものには必ず理由がある。それを痛いほど教えてくれたのも、ケルムスコット・プレスです。
ご承知の通り、ウィリアム・モリスは19世紀後半のイギリスにあって、工業化の進展著しい時代に職人の手仕事を評価し、「生活のなかに芸術を」を標榜した「アーツ・アンド・クラフツ運動」を牽引した人物。運動の一環として自ら設立したモリス商会で発売したのが、いまでもよく知られているウィリアム・モリスのデザインによる壁紙です。また、この運動はアール・ヌーヴォーのような様式やウィーン工房のような工芸芸術の創設、クランブルック・アカデミーやヴァイマールのバウハウスといった異なる地域の教育機関の設立にまで、その精神が影響を及ぼしたとして、モリスは後に「モダン・デザインの父」と称されるようになります。そのモリスが晩年に打ち込んだのが自身のプライベート・プレス「ケルムスコット・プレス」での本づくりでした。
ケルムスコット・プレスの設立は1891年。活動はモリスの死の2年後にあたる1898年まで続きました。印刷物を総合芸術としてとらえ、理想的な書物づくりを目指して設立されたこのプライベート・プレスは、中世の装飾写本やインキュナブラ(揺籃期本)の研究に基づいて、書体、用紙、紙面構成の全てが注意深く設計されています。また、すでに輪転印刷が主流になっていた当時に、手でレバーを引く手引き印刷(平圧印刷)にこだわるなど、丁寧な手仕事が貫かれました。
本書『GOTHIC ARCHITECTURE(ゴシック建築)』はケルムスコット・ブレス刊本全53タイトルのうち18番目に刊行された1冊。モリスが意匠デザインした3つの書体、ゴールデン活字(Golden Type)、トロイ活字(Troy Type)、チョーサー活字(Chaucer Type)のうち、ゴールデン活字が使われています。モリスが重要視した版面の余白は中世の書物にならって「ノド<天<小口<地」 の順に広くとられています。墨版と赤版の2回刷りですが、装飾は章頭の飾り文字だけに抑えられています。『チョーサー作品集』の価格が120ギニー(同3,000,000円相当)だったと書きましたが、こうした点で、ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動には「金持ちのくだらないぜいたくに奉仕するために費やされなければならなかったという事実」(海野弘著『モダン・デザイン全史』)により、手厳しい批判もついてまわります。
本書には、モリスの友人で扉絵を提供することの多かったダンテ・ガブリエル・ロセッティやエドワード・バーン=ジョーンズの扉絵はありません。装飾は最小限で、判型も小さく、表紙は厚紙で、発売当時から販売価格が抑えられていた。それでも、この『GOTHIC ARCHITECTURE』は、ケルムスコット・プレス刊本のなかで、モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動本来の理念にもっとも叶った書物なのではないか。ちょうど掌に収まる本を手にして、ページをめくりながら、そんなことを考えています。
この本にはもうひとつ、おまけがついています。表2に貼り込まれている蔵書票がそれ。彫りこまれている名前はWALTER EDWIN LEDGER。ウォルター・エドウィン・レッジャーはオスカー・ワイルドやロバート・ロスのサロンの仲間で愛書家・コレクターとしてイギリスでは有名な人。欧文名で検索するとアカデミックなサイトが続々と出てきます。当書刊行当時、レッジャーは31歳。この本を手に、サロンの仲間たちと語り合うこともあったのかも知れません。レッジャーの旧蔵書はオックスフォードのユニバーシティ・カレッジに収蔵されており、当書はそこから零れ落ちたか、寄贈以前に何らかの格好で流出していたものと思われます。
イギリスの愛書家によるお墨付きのこの1冊、はたしてどのような人たちの手を経由してここにあるのか。モリスの手に取られて以来約130年、叶うものなら、この本がたどる旅のゆく先に耳を傾けてみたいものです。
Text by 佐藤真砂
【参考サイト】
財団法人日本印刷技術協会「偉大なる小芸術家、W.モリスの全完本展」