GRAPHISCHER MOTIVEN SCHATZ / ユーゲント・シュティール図案集
Bibliographic Details
- Title
- GRAPHISCHER MOTIVEN SCHATZ
- Author
- フェルディナンド・パンバーガー/Ferdinand Pamberger、オットー・プルッチャー/ Otto Prutscher、アルフレッド・コスマン/Alfred Cossmann
- Year
- 1900年頃 / Around 1900
- Size
- h410 × w300 × d20
- Weight
- 1100g
- Language
- ドイツ語 / German
- Binding
- タトウ改装(元表紙利用)、誂え函付き
- Printing
- リトグラフ刷 / Lithograph printing
- Materials
- 紙
- Condition
- 良好 / Good
未綴じプレート23葉揃い(プレートNo.22-23は倍サイズで1葉) プレートNo.1~24に図案約90図所収・リトグラフ刷(No.22-23はオフセット)
史上まれにみる芸術文化都市「世紀末ウィーン」から、
クリムトとエゴン・シーレ、それから
このユーゲント・シュティール図案集が生まれた。
本日ご紹介するのは、『GRAPHISCHER MOTIVEN SCHATZ』。ケルムスコット・プレスをうみだしたアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受け、『美術海』同様、新しい時代のデザインを社会に提示すべく、オーストリアのウィーンで出版された図案集です。収録されている作品がユーゲント・シュティール様式だということが、この図案集最大の特徴です。
ユーゲント・シュティールとは「若い様式」という意味のドイツ語。フランスとベルギーを中心に展開されたアール・ヌーヴォー(新しい芸術)のドイツ・オーストリア版にあたります。花や植物など自然界から多くの着想を得ていること、女性のシルエットを想起する柔らかい曲線美を好んだこと、鉄やガラスといった当時の新素材を利用しようとしたこと、工芸品だけでなくグラフィック・デザインから建築まで、対象とする分野が多岐にわたっていたこと、そして、従来の様式にとらわれない新しい装飾を生み出そうとしたことなど、アール・ヌーヴォーと共通した19世紀末から20世紀はじめのデザイン様式であり芸術運動でした。
『GRAPHISCHER MOTIVEN SCHATZ』に収められた図案の数々は、印刷物だけでなく、書物や蔵書票、室内装飾や装飾品、磁器やガラス、工芸品や建築に付随したしつらえなどに応用できるものですが、収録されている図案のフォルムが具体的な対象物を表わしている例も多く、なかにはテキストまで図案に含まれているものがあるなど、図案応用の具体的なイメージを指し示す「作例集」の印象が強い内容になっています。同じ図案集といっても、何にでも応用できるように、図案の部分だけを切り出しクローズアップしたフリーソースの図案集とは少々趣を異にする構成となっています。
著者として名前がクレジットされている3名のうち、オットー・プルッチャーはウィーン分離派にも関わったモダニストで工芸品のデザインや建築を中心に活躍。アルフレッド・コスマンはグラフィック・デザインの世界で早くから名前を知られました。フェルディナンド・パンバーガーも主に絵画とグラフィック・デザインの世界で名の通る人だったようです。時代を代表するアーティストによる作家性の強い作品が収められたこの図案集は、ウィーン版アール・ヌーヴォーが実際にどのようにして社会や生活のなかに取り入れられていたのかを知る上での手掛かりにもなりそうです。
1890年代から1920年代にかけての30~40年間ほどの間、ヨーロッパ各国では図案集が続々と発行されます。驚くべきは、そうした図案集がほとんど時を隔てず日本にも入ってきていたという事実です。日本とヨーロッパの間の情報の距離は、21世紀のいま、私たちが勝手にイメージしているよりもずっと近かった。
古書の市場で、とくに戦前からキモノのデザインに関わった企業の蔵書が出品された時などには、必ずといって良いほど海外の図案集が姿を現します。しかもハイセンスで、当時、相当高額だっただろうと思われる良質なものばかり。刊行形態がポートフォリオ入り・未綴じのプレート集であることが多いのに加え、デザインする際に使われたせいか、多くの場合、プレートの枚数が揃っていなかったり、別シリーズのプレートがまじっていたり。古本屋としてはもちろん歓迎すべからぬ状態ではあるのですが、実際に使用したことによって生じたとみられるこうした瑕疵は、日本人の先輩諸氏が世界の最先端と切り結びながら、デザインとか流行とかいうものといかに格闘したのかを表す痕跡とも考えられ、むしろ好ましく思えてくるから不思議です。
近代世界を先導する欧州のモダンな流行や文化との距離を、あと一歩、あと半歩と、少しでも縮めようとしていた人たちの存在を思いながら、プレートが揃っていないヨーロッパの図案集を仕入れることになります。
こうして仕入れた図案集、いま現在手元にどの程度あるだろうとざっと洗い出してみました。
・L’ Ornement des Tissus (1877年 仏 世界各地の古典的・民俗的文様集 リトグラフ)
・Fantaisies Décoratives (1887年 仏 アール・ヌーヴォー、ジャポニスムの図案集 リトグラフ)
・Le Journal de la Décoration (1900年 仏 アール・ヌーヴォー リトグラフとオフセット)
・Formes et couleurs (1922年 仏 A.H.トマス 色面による植物図案 ポショワール)
・Nouvelles Compositions Décoratives (1925年 仏 セルジュ・グラッキー著 アール・デコ、構成主義 ポショワール)
・Bouquets et Frondaisons (1925年 仏 E.A.セギー著 色面構成による植物図案 ポショワール)
主なものだけでもその数6種、プレート数にして200枚以上。日月堂のような店でさえ、この数十年、常に海外の図案集を店頭に置いてこられたのは、それだけ多くの図案集が戦前から日本に入ってきていたことの証に違いありません。
『GRAPHISCHER MOTIVEN SCHATZ』は、オフセット印刷の1葉をのぞきリトグラフで刷られています。戦前ヨーロッパの図案集の多くは、カラー印刷技術が発達していなかったのが幸いして、リトグラフやポショワール(合羽刷)など、いまは版画のひとつに数えられている手間暇のかかる手法で刷られました。独特の質感をともなう印刷技法=版画に加え、とくに1910年以降の図案集では、グラフィック・デザイナーの作家性が加味されたものなどがうまれ、海外では1プレートごとに高額取引きされているものも決して少なくありません。日本でもバラ売りのプレートを好んで求め、額装して楽しまれる方も出てきています。図案集はいまや一種のオリジナル版画作品として扱うべき商品となっています。
【参考URL】
「藝大コレクション展2021 II期 東京美術学校の図案-大戦前の卒業制作を中心に」展レビュー
Text by 佐藤真砂