波濤 Hatou / 俵屋宗達 Sōtatsu Tawaraya
Bibliographic Details
- Title
- Hatou / 波濤
- Artist
- Sōtatsu Tawaraya / 俵屋宗達
- Images
- Contains 22 images / 22図を収録
- Publisher
- Unsodo / 芸艸堂
- Year
- 1910 / 明治43年
- Size
- h385 × w27mm
- Weight
- 750g
- Language
- Japanese /日本語
- Binding
- Accordion Binding, Original Book Sleeve / 経本折、誂え筒袋付
- Printing
- Woodblock print / 木版
- Condition
- Good / 上製表紙上貼紙欠け有 (表紙四周少欠け・裏表紙3分の2欠け) 扉少焼け
題字および扉「観濤」:富岡鉄斎、原画:俵屋宗達(全22図)、印刷製本:芸艸堂(木版刷グレーのグラデーションと銀・片面刷) Title and frontispiece "Kantou" by Tomioka Tessai, 22 original drawings by Tawaraya Sotatsu, printed and bound by Unsodo (woodblock printing in gray gradient and silver, one side)
俵屋宗達の「波」だけを
あつめた芸艸堂の
画期的な版本。
『宗達筆 波濤 鐵道人』——— 表紙に記されている「鐵道人」とは、”最後の文人”とも称される富岡鉄斎の号のひとつ。 鉄斎がどのように関わったのかはさておき、いずれにしても、芸艸堂が発行した刊行物のなかでもあまりみかけないものひとつです。墨書肉筆の題箋が貼られた筒袋は旧蔵者が当品のために誂えたものとみられますが、筒袋で保護されていたためか、全体に良い状態が保たれています。
『波濤』をひとことでいえば、宗達の作品をモチーフとして構成された「波の絵本」。書物としての成り立ちに関する記述はありませんが、俵屋宗達の作品から波濤を描いた部分に注目して抽出選定、それをデザイン化して1冊の本にまとめたものとみられます。 鉄斎の書「観濤」を掲げた扉と奥付のページをのぞき、あとは次々と波の意匠が現れるばかり。波濤を描いているのは全22図。穏やかな波、小さな波から、大波・荒波まで、多様に変形する水の様態としての波の意匠を、すべて同じ直径27センチの円形のなかに収めています。使われている色も青みがかったグレーの濃淡と鈍く光を帯びた銀色のみ。この非常に禁欲的なルールのもとにまとめられたさまざまな波形は、左右余白をぎりぎりまで切り詰めたページレイアウトともあいまって、古典的というよりも現代的な印象が強い仕上がりとなっています。波の輪郭を描いた銀色の使い方はとくに効果的で、薄暗がりに置くと、波の輪郭が鈍い光を帯びて立ち上がってくるかのような錯覚を与えます。
表紙に「鐵道人」と記された 鉄斎の仕事はおそらくこの辺り、つまり、宗達の波濤図だけを使って新しく美しいビジュアルブックをつくるためのディレクションにあったのではないかと予想したのですが、芸艸堂さんのご教示によれば、「鉄道人」や「鉄斎」は書に添えた揮毫、或いは画集に与えた賛といった範囲にとどまるようで、鉄斎が編集にからむことはなかっただろうとのこと。それにしても、宗達の描いた波の様態のどの部分を選ぶかに始まり、かたちの多彩さを強調する効果を生むことになった色使いの制限や、大胆で印象的なページレイアウトまで、とてもただもののアート・ディレクションだとは思えません。芸艸堂に関わりの深い、しかしいまは無名の編集子氏の仕事だとすれば、芸艸堂という版元のもつ底力を示すものともいえそうです。ちなみに奥付に置かれている著者名は「故人 俵屋宗達」。あくまで奥ゆかしい姿勢が貫かれています。
言葉よりも、画像を見る方がずっと雄弁に説明してくれますが、ご覧の通り『波濤』はとてもモダンです。明治の意匠世界よりも、むしろ現代美術に近いところにあるといっても言い過ぎではないように思います。ページの中央に配置された球体は、まるで 中空に浮かぶ水の惑星のようで、名前を残すことのなかったアート・ディレクター氏の慧眼に脱帽するばかりです。
ところで、明治時代に芸艸堂が世に送り出した刊行物には富岡鉄斎の巻頭言がよくおかれています。それもそのはず、昔から書籍を害虫から守るのに使われてきた香草名を冠して「芸艸堂」と名付けたのが他ならぬ鉄斎でした。『波濤図』と富岡鉄斎については、フリーア美術館の学芸員が一歩踏み込んで考察する動画をアップしています。動画には、フリーア美術館が 現在収蔵する俵屋宗達「松島図屏風」が取り上げられており、「故人 俵屋宗達」の描いた波の表現をつぶさにみることができます。
Text by 佐藤真砂
<関連リンク>
波をみる、波をきく:宗達と鉄斎のシンフォニー
国際交流基金「宗達:創造の波」展