奇譚クラブ / 1970年6月号
Bibliographic Details
- Title
- Kitan Club, June Issue / 奇譚クラブ 6月号
- Editor
- Koji Sugihara / 杉原虹児
- Director
- Minoru Yoshida / 吉田稔
- Publisher
- Akatsuki Publishing / 暁出版株式会社
- Year
- 1970
- Size
- h210 × w148mm
- Weight
- 250g
- Pages
- 264 pages
- Language
- Japanese / 日本語
- Binding
- Softbank / ソフトカバー
- Condition
- good
三島や寺山や澁澤が愛読した
伝説の雑誌の中にも
福耳がありました。
まさか、フラジャイルブックスで昭和のエロ事師の仕事を紹介することになるとは。まあ、これも福耳の思し召しとおもって、気楽にご傾聴いただきたい。
この本の中腹に、しおらしく折りたたまれた白い花弁のような耳が見つかった。ちょうど団鬼六の連載小説「花と蛇」の後につづく、芳野眉美の「新妻育成法」のページ上部あたりに。福耳は、機械による意図しないエラーとはいえ、どの本のどのページにどうやって発生するかという偶然が、こちらの想像力をいたずらに刺激する。
1947年に創刊された『奇譚クラブ』は、1975年に休刊するまで何度も発禁処分に遭いながら29年間もつづいた伝説のSM雑誌である。団鬼六の『花と蛇』や沼正三の『家畜人ヤプー』など、わたしでも知っている超有名SM小説がはじめて発表されたのもこの雑誌だった。愛読者には、溝口健二や三島由紀夫や寺山修司や渋澤龍彦がいて、一般読者からの生々しい投稿を募っては、それを掲載していた。野坂昭如は「戸山一彦」というペンネームを使って自ら投稿していたという。
戦後混乱期の大阪で、『泉州日報』という地方紙の記者だった吉田稔が創刊した。只でさえ物資不足の時代で上質な紙もないので、「とりあえず紙があるなら何か印刷して売れば儲かる」という商才というか軽いノリで創刊したと言われている。この1940年代後半はカストリ雑誌のブームで、エロ・グロ・ナンセンスを扱う大衆雑誌がたくさん生まれている。「3合(号)でつぶれる」という非合法の「カストリ焼酎」にその名が由来する「カストリ雑誌」としてスタートし、当局に睨まれながら、ときに投獄されながら30年近くものあいだ存続したことが異様で、創刊者であり発行人である吉田稔の方針と手腕と調整力は並大抵ではなかった。
奇ク(『奇譚クラブ』の愛称)は「責め」や「縛り」を中心とした変態マニア雑誌として知られている。サディズム、マゾヒズム、フェティシズムといった周縁的なセクシャリティを微に入り細に入り追求することで日本各地から熱狂的な読者をあつめていった。すでに1940年代の後半には、一部のフンドシマニアに人気があった「女相撲」や「女斗美(女子プロレス)」、そして「男娼」や「男妾」の特集記事も登場している。
代名詞であるSMの方針に舵をきるのは50年代前半からで、52年頃にようやく『戦争と性慾 特集号』『倒錯の告白』その翌年には『美しき縛しめ』といったSM路線がはじまる。そこに邁進したのは、吉田稔が呼んできて編集部に入った須磨利之だった。1951年から1953年まで編集長も務めた須磨は、小村雪岱と伊藤晴雨に影響をうけた絵師で、のちに自ら緊縛師として女性を縛り、SM小説を書き、SM写真を撮影するなど、SM界で知らぬ者のいない巨匠になっていった。美濃村晃や喜多玲子のペンネームでも多くの作品を残している。
このあたりの事情は、河出書房新社から刊行された濡木痴夢男の『「奇譚クラブ」の絵師たち』や『「奇譚クラブ」とその周辺』にくわしい。ちなみに、濡木痴夢男(ぬれき・ちむお)は『奇譚クラブ』に熱心な投稿をしていた飯田豊一のペンネームで、編集者でもあった飯田は『奇譚クラブ』の後続誌にあたる『裏窓』や『サスペンス・マガジン』を創刊して編集長をつとめたSM界の大立物である。
それにしても『奇譚クラブ』が興味深いのは、少数派のマニアックな趣向に対して「耳を傾ける」ことに徹した編集方針にある。読者から届く「匿名(筆名)の投稿」を人気コンテンツにすることで月刊誌のサイクルをまわし、「自分の欲望っておかしいのかな」とか「これって犯罪ではないよね」という周りの人間には聞くに聞けない性の疑問と向き合ってくれるクラブ感覚を育て、投稿者たちにとっても投稿しない読者にとっても心の拠り所になっていった。この循環がとてもよくできている。ある号には「自分は女性を縛ることに興奮を覚えるが、それは女性を傷つけたいわけではなく、むしろ信頼関係の表れだと思う」という投稿があったり、別の号には「逆に自分が女性に支配されることで安心する」という匿名男性の告白が掲載された。アブノーマルな少数派たちにとって、『奇譚クラブ』は測りがたい感覚の中央値をたしかめられる唯一無二の掲示板だったのだ。
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『奇譚クラブ 6月号』
«目次»
扉で一言「ツムジ曲りの弁」 / 芦田しげる
読後感 人妻叢子に思う / 久野 忍
時代劇にみる「猿ぐつわのシチェーション」 / 鳴山能平
幻のプレイ"一枚の写真” / 千草忠夫
告白「サド開眼?」 / 有川 章
Mの傾斜壺中の園(2) / 真砂十四郎
連敏小説『大噴火』<第二十一回> / 千葉 青鬼
ゴムヒズム・シリーズ 京子受難記 / 菅原敏夫
ニッポン・ハラキリ「碧眼畏怖録」 / 中康弘通
シナリオ“異譚・三億円事件“ / 風流極道軒
汚辱の文学「マゾヒストM氏の肖像」とKK誌 / 新宿町人
読後感など“山中のプレイ場” / 千部好夫
三回分載小説『女狐』(下) / 光谷東穂
娘相撲物話 花の女斗美たち (20) / 奮斗士好太
まそひすむすてらぷていくす (3)「カテーテル」 / 泉一郎
SMカメラ・ハント<伊藤圭子の巻> 『孤独から遁れて」 / 辻村 隆
告白「浣腸」は最後の宴? / 大川昌弘
告白小説”被虐の旅”(2) / 由利美千子
縛り随想 大きな魚 / 早木夢二
わが半生記「Mの道程」 / 並木新一
告白"乳房の刺青“ / 和泉五郎
連載小説『花と蛇』(続篇第六十三回) / 団鬼六
山本五郎さんへ 裾の乱れ / 牧 高志
青春の陥穽(7) ”新妻飼育法” / 芳野眉美
カメラ・ルポ金髪碧眼の美女を縛る / 塚本鉄三
思いつくまま「S・M・P雑考」 / 三条 剛
創作『レスビエンヌ』 / 林たけし
寄ク第二の青春 “五月号雑感“ / 松山壮吉
随想 少年マンガのSM / 夢野虹二
アブ紳士行状記 M派交友録(6) / 鬼山絢策
読者通信 / 編集部選