Passion & Vision / ヴェロニカ・シェパス
Bibliographic Details
- Title
- Passion & Vision
- Artist
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Editor
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Designer
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Publisher
- Veronika Schäpers / ヴェロニカ・シェパス
- Year
- 2026
- Size
- Box: W294 × D513 × H58 mm, Book: W270 × D485 × H25 mm
- Weight
- Box: 1900g, Book: 260g
- Language
- English / 英語
- Edition
- 25 copies with consecutive Arabic numerals and 4 copies with consecutive Roman numerals
- Condition
- New
Concept, design, printing and binding: Veronika Schäpers & Didier Mutel. Various textfragments from literature, history and science that relate to hollow earth theories. Thirteen etchings from polymer plates based on b/w photograms on handcoated paper, printedon Binsen mitsumata paper at the Atelier Mutel in Orchamps. Text printed letterpress from polymer plates on Toshaban ganpi paper. Hinge paper binding made of black kozo and ganpi paper, partially coated with aluminium leaf. Printing and Binding by Veronika Schäpers. Edition of 36 copies with consecutive Arabic numerals and 8 copies with consecutive Romannumerals コンセプト・デザイン・印刷・製本:ヴェロニカ・シェパス、ディディエ・ミュテル 収録テキスト:地球空洞説に関する文学・歴史・科学資料からの引用 版画:ポリマープレートによる13点のエッチング(オブジェのモノクロ・フォトグラムをもとに制作)ビンセン三椏紙に手塗り加工を施し、フランス・オルシャンのアトリエ・ミュテルにて刷り 本文:ポリマープレートによる活版印刷、土佐板紙・雁皮紙使用 製本:黒楮紙・雁皮紙によるヒンジ製本、一部アルミ箔貼り 印刷・製本:ヴェロニカ・シェパス 限定44部:アラビア数字36部、ローマ数字8部)
果てしない想像力が
地球の内部を駆けめぐる
夢の跡。
ヴェロニカ・シェパスの新作『Passion & Vision』は、構想から2年がかりで完成した。この本の題材は、17世紀から20世紀初頭まで300年以上も信じられていた「地球空洞説 (Hollow Earth Theory)」という奇想天外な仮説である。
この仮説の信奉者には、ウンベルト・エーコに「全著作を所有するためならば全てを投げ打つ覚悟がある」とまで言わせた奇想学者アタナシウス・キルヒャー、ハレー彗星の名付け親でもある天文学者エドモンド・ハレー、そしてそれをSF小説『地底旅行』に発展させたジュール・ヴェルヌなど錚々たる面々が連なっている。19世紀になっても、コレシュことサイラス・リード・ティードが「私たちは地球の表面ではなく、その内側の凹面に暮らしていて、太陽も惑星も星々もすべて地球の内部に存在する」と、世界をそっくり裏返したような宇宙観を唱えて、多くの支持者をあつめた。途方もない話に聞こえるが、北極と南極にあるといわれていた地球への入り口を見つけ出すために、資金をかき集めて探検隊を出すものがいたほど、この仮説は熱狂的に支持されていた。
本書には、1741年からかなり最近の2007年までに書かれた地球空洞説に関する15種類の引用文と、13点のエッチングが収められている。一見すると、それぞれの文章は隣り合うエッチングを解説しているように見えるが、文章とイメージの取り合わせは、完全に無作為なのだという。つまり、そこに物語をつくっているのは読者ということになる。つながりのなかったもののあいだに関係を発見し、勝手なストーリーを感じてしまうこの仕掛けは、だれも見たことのない地球の内部について、断片的な知識やイマジネーションをつなぎ合わせ、ひとつの壮大な宇宙観をつくり上げていった地球空洞説の人々とも、それほど違わないのかもしれない。
ヴェロニカは、名もなきオブジェのフォトグラムを、エッチングへと変換した。その漆黒の図像からは細かな格子が浮かびあがり、ところどころぼんやりと霞んでいる。それはまるで、望遠鏡を通して覗きみる天体か、深海探査機が偶然とらえた深海の生きものか、あるいは、だれも足を踏み入れたことのない洞窟から持ち帰ったUMAにも見える。図像の正体は、最後まで明かされない。見れば見るほど、私たちは想像を膨らませ、知っている何かに当てはめようとしてしまう。つまり、ここでもまた試されているのは、鑑賞者である私たちの方なのだ。
この本のためにヴェロニカが発見した造本設計がまた素晴らしい。彼女の作品がいつもそうであるように、造本そのものが作品のもうひとつの言語になっている。
時代ごとに異なるいくつかの地球空洞説の中には、私たちが地球の外側ではなく「内側」に住んでいるという仮説がある。この裏返しの世界観に注目したヴェロニカは、「inside out」の発想を見事な造本構造へと転換している。この本には、始まりも終わりも固定されてない。ページをめくっていくと、表紙だと思っていた場所がいつの間にか内側に変わる。そして、本の中央、いやそこが始点でも終点でもある、には道標のようにヴァルター・ベンヤミンの断章「プラネタリウムはこちら(Zum Planetarium/To the Planetarium)」が引用されている。
ベンヤミンがその短い文章で書いたのは、人間と自然(宇宙)の関係が、技術によってまったく異なるものへと変化してしまった現代社会への批評である。古代人にとって、星空や宇宙との接触はしばしばトランス状態を伴う集団的な陶酔だった。それなのに、天文学の発展とともに、宇宙は単なる「光学的な観察対象」へと引き離され、人間と宇宙との直接的な結びつきが失われてしまったのだと。それが、暗闇のドームの中で、人々が一堂に会して人工の星空を見上げる「プラネタリウム」という空間が発明されたことによって、失われてしまった「集団で自然に身をゆだねる(交感する)経験」を、最新のテクノロジーによって取り戻すことができるかもしれない。ちょうど、光学プラネタリウムは1920年代にドイツで発明されたばかりだった。ここまで来ると、本書『Passion & Vision』が、単に「地球空洞説についての本」ではないことがよくわかる。だから、覗き込みたくなる。取り出したくなる。開いてみたくなる。そして、正体を知りたくなる。おそらく、その瞬間にはもう、私たちもこの作品の仕掛けの中にいる。
未知のものを集め、分類し、名前をつける蒐集家。誰も見たことのない地球内部の世界を想像した科学者や探検家。無関係な文章とイメージのあいだに意味を見つけようとする読者。そこにあるのはすべて、「わからないから、わかりたい」という人間のどうしようもない好奇心である。そんな夢の跡を辿って、ヴェロニカはまたしても、とんでもない本をつくりあげてしまった。