スタンプ大名行列
Bibliographic Details
- Title
- スタンプ大名行列
- Author
- 不明 / ANONYMOUS
- Publisher
- 不明 / ANONYMOUS
- Year
- 江戸初期〜中期 / Early to mid-Edo period
- Size
- h272mm × w365mm
- Weight
- 0.01g 以下
- Pages
- 8
- Language
- 日本語 / Japanese
- Materials
- Paper
江戸時代の珍品
まぼろしのスタンプ絵巻
かわいい大名行列
今回、佐藤真砂さんから届いたのは、『スタンプ大名行列』(粉本)です。
目に飛び込んでくるのは、ファミコン全盛期のゲームに登場しそうな、コミカルに繰り返される武者や坊主、旗持や騎馬などの姿です。内容は至って真面目な武家の行列図のようですが、何故か「可愛い」と感じてしまうのは、そう、手描きではなくスタンプ絵だから。木材を彫ってつくった何種類かの版木=スタンプを何度も繰り返し押して、大行列の絵を完成させようとした、なんとも微笑ましい逸品です。残念ながら、すべて揃いでない粉本のため、作品の正式な名称は不明ですが、国会図書館所蔵の出陣の際の陣立て行列図を描いたという絵巻物「御旗本備作法(おはたもとそなえさほう)」に似ているような…似ていないような。
よく目を凝らして見ると、薄い折り目があり、人物などのスタンプがこの折り目に沿って押されていることから、本品は恐らく下絵にあたるものだったのではないかと思います。
当品で使われている版木は鎧兜の武者、槍組足軽、弓足軽、鉄砲足軽、馬上奉行、坊主など10種。また、右筆二騎、小荷駄、台所二騎など、陣容に関する書込みも認められます。
とはいえ用意するのは武者・御徒士などを表現した版木と墨。それだけ。あとは同じ版木をスタンプのように何度も連続して捺しながら、隊列の配置を記録していくだけです。巻物になるまで何度捺す必要があったのかと考えると、少々眩暈を覚えますが。
類似品の製作年代から推測すると、時代は江戸初期〜中期と考えられますが、武家の権力の象徴ともいえる行列図を、手描きではなく、スタンプで作ろうというのです。
一説には、絵師に発注する資金のない大名の苦肉の策との説があるようですが、その真偽は定かではありません。
このスタンプ絵、実はなかなか出会えない珍品で、主題は問わず同じ手法で作成されたもので探してみても、日本国内で所蔵が判明しているのは、どうやら国立国会図書館、日本民芸館、早稲田大学図書館の3館ほど。武家が威厳と財力を示し後世に残すために描かれた、大名行列の陣容を描いた立派な絵巻は多く現存しますが、そのほとんどは絵師をやとって描かせた手描きの作品。当品のようなスタンプ・ヴァージョンはほかにも現存していると言われているものの、その所在は判然としていないようです。スタンプとはいえ印刷物ではないため、同じ作品が複数つくられることはなく、類似するスタンプ絵巻のスタンプと比べてみても、サイズから登場人物のポーズまで一様ではなく、絵巻によっても個体ごとに大小色々あります。巻物だけでなく、屏風絵のなかにもこのスタンプ手法で作成されたものが見つかっており、具体的な製作方法や時期などは明らかになっていないようですが、江戸時代中期頃には一定の需要があり、供給するしくみも成立していたとみて間違いないようです。
冒頭にご紹介した国立国会図書館所蔵の出陣の際の陣立て行列の様子を描いた絵巻「御旗本備作法(おはたもとそなえさほう)」の全長はなんと約13メートル。この長さでも、たとえば作品中に登場する54騎の騎馬は、たった5個のスタンプを使い回していたことがみてとれるのだとか。馬印や旗などには筆で彩色を施し、繰り返し同じスタンプを使ったという事実をなるべく目立たなくする工夫までなされています。スタンプの作成から捺印・彩色に至るこの涙ぐましい努力! 悲哀とみるか、発明ととるか、いずれにしても貧乏は発明の母のひとりといってもよさそうです。
【参考リンク】
国立国会図書館 「御旗本備作法」
早稲田大学図書館「武田信玄公御旗本備押二行之御作法」
新発田市歴史図書館「ハンコ・版画と印刷の歴史」
Text by 乙部恵磨