The World in Miniature: Japan
Bibliographic Details
- Title
- The World in Miniature "Japan"
- Editor
- フレデリック・ショバール / Frederic Shoberl
- Images
- 20枚 / 20 plates
- Publisher
- ルドルフ・アッカーマン / Rudolph Ackermann
- Year
- 1823
- Size
- h130 × w87mm
- Weight
- 30g for 20 plates
- Language
- 英語 / English
- Printing
- 手彩色銅版画 / Hand-colored Etchings
- Materials
- Paper
- Condition
- Very Good
19世紀のイギリス人が
鎖国時代の日本人を
伝聞だけで描いちゃった。
本日ご紹介するのは、ブックハンターの佐藤真砂さんから届いたThe World in Miniature: Japan の手彩色銅版画20点です。
ミニアチュールとして描かれた細密画20点は、1冊の書物に綴じられていた銅版画です。それが切り取られて、古書市場へ渡り着いた経緯は謎ですが、元来図像はこの20点のみで、それ以外のページはすべて英文の読みものでした。図像以外に248ページものページを割いて記述されていたのは、民族性やマナー、習慣や宗教、服装や娯楽、商業や農業のこと。当時のグローバル・スタンダードで情報化されたはじめての日本でした。現在でいうウィキペディアみたいな本といってもいいかもしれません。
The World in Miniatureは、海外に目を向け始めたヴィクトリア期直前の英国市民の間で、一般読者向けの小型本シリーズとして人気を博しました。日本(全1巻)、中国(全2巻)、フィリピン、インドネシアなど東南アジア地域(全2巻)、ハワイやニュージーランドを含むミクロネシア・ポリネシア地域(全2巻)など、6年間で43巻が刊行されています。発行元のアッカーマン社は、1796年にロンドンで創立。 The Microcosm of London (3 部作, 1808-1811), Westminster Abbey (2 部作, 1812)など彩色版画入りの大型挿絵入り本や、挿絵入り雑誌 Repository of Arts, Literature, Fashions (1809-1829)で知られる、19世紀の初めの英国を代表する出版社兼書店。現在も多くのコレクターが存在します。編集は、自身もイラストレーター、企画者でもあったフレデリック・ショバール(Frederic Shoberl, 1775-1853)。本シリーズをはじめ、日本に関わる書籍ILLUSTRATION of JAPAN など、美しい彩色図版を含む書物の刊行を得意としていました。19世紀初頭のイギリスで、当時最高レベルの印刷技術を用いてつくられた本作品の見どころは、ご覧のとおりの「ヘンテコな日本人」でしょう。"Japan"と印刷がされているので辛うじて日本と理解できますが、描かれている人物や服装から日本と判別するにはあまりにも困難なものも描かれています。そもそも着物がどういうものか分かっておらず、着物の下にスカートを履いていたり、人力車に丸屋根が付いていたり、草履の先が尖っていたり、托鉢の鈴が股間に付いていたり…惜しいとも言えない奇妙な景色が描かれています。極東からはじまった伝言ゲームの最後の順番で、イギリスの絵師が想像の力で分からないなりに描いてしまった、愛すべきミステイク、エラー、ニセ日本。
本書の出版年は1823年。英国人の探検家、イザベラ・バードがはじめて日本にやってきて、七ヶ月間滞在したのは1878年のことなので、その半世紀前に、イギリスでファクトチェックできる人はいなかった。おそらく、そういうことなのでしょう。風の噂や伝聞をたよりに、想像をふくらませて編集してみせた「日本のおもかげ」と、前向きに捉えてあげてもよい。
この奇妙なJAPANがイギリスで生まれた背景には、1639年から1853年まで200年余り続いた鎖国の影響があります。キリスト教禁止・封建制度の維持を目的に、オランダ・中国・朝鮮を除く諸外国との交流を禁止した当時の日本は、神秘的で奇妙な民俗像を作り出すのに十分な条件を満たしていました。内容は、江戸時代後期のJAPANで、編集者であるフレデリック・ショバールは ILLUSTRATION of JAPAN (日本風俗図誌)の序文で本書刊行のねらいをこんな風に書いています。「オランダ人によって日本に関する知識や情報が独占されてきた状況を憂いて、本書によってイギリス人をはじめ広くヨーロッパの人々に日本に関する知識を広めようとした」と。志はいたって真面目、ふざけているわけでは、ないのです。
2015年には、驚くべきことに、この銅版画を含むThe World in Miniatureシリーズの内、アジア地域に関わる7冊が『19世紀ミニチュア世界の中のアジア・パシフィック』(全7巻+別冊解説)として日本で復刻されています。この本については、次の通り、実践女子大学の志渡岡理恵教授が推薦文を寄せています。
本コレクションは、19世紀初頭に世界各国の情報を一般読者に提供する目的で刊行された43巻シリーズの一部です。編著者ショバールは、幅広い関心の持ち主で、New Monthly Magazine やThe Forget-me-Not などの雑誌の編集に携わるかたわら、A History of the University of Oxford (1814)やA History of the University of Cambridge(1815)のような大学の歴史を辿った本のほか、旅行文学も多数出版しています。雑学も豊富そうなショバールの編んだ本コレクションの日本の巻を開いてみると、まずは何と言っても色鮮やかな図版が目を惹きますが、これがどこかヘンテコな日本人…「外出する貴婦人」は、釣り竿の先に付けた小型テントのようなものを被り、「赤ちゃんを背負う女」は円盤のような髪に10本ほどの簪を水平に指しています。目次には、「幼児殺し」、「自殺」、「地震」などの項目が並び、「蝦夷」も取りあげられています。19世紀末のイザベラ・バードの旅行記と読み比べてみたり、今の歴史の教科書と照らし合わせてみたり、多様な読み方が楽しめるシリーズです。
ーー志渡岡理恵(実践女子大学)
もうひとつ、このThe World in Miniature が画期的だったのは、当時手のひらに収まる便利な文庫サイズで刊行されたこと。欧米諸国が外の世界に興味を広めた19世紀初頭に生まれた「持ち運べる世界」は刊行部数こそ記録がないため不明ですが、大成功を収めた出版シリーズとして、現在も世界中でその功績が評価されています。
Text by 乙部恵磨